昭和41年12月17日 夜の御理解



 今朝の御理解に、信心に依って力を頂くと云う事、お徳を受けると云う事ですね、徳は力なりとか、光なりとかと申しますね。その力を頂くと云う事、いわば神様を信ずる力が強いと、と云うそのおかげを頂かなければならんことは勿論ですから、日頃頂いている御教えを行じて、本気で修行させて頂くところに、この確信というか、どんな場合でも驚かんで済む、その神様を信ずる力が頂ける。
 そこに喜びも有れば安心もあると云う訳ですけど、その力だけでは駄目です。やはりそれには一つの技も覚えておかなければならない。柔道とか又は相撲なんか見て居ると、力だけではいけないところがございますね。技が要る。いやむしろ相手の力と云うものを逆用する。相手の力を利用して相手をすってんてんに投げると云う様な手がございますでしょうが。相手の力を持って投げる。そういうその生き方が有るんだと。
 という様な御理解を頂きました後にです、私、何時も思うんですけれども、私が朝に晩に、ここで説かせて頂くと言う事が、只、私が今日はこげな御理解ば説かして貰おうと云うて説きよるとじゃない。成程、神様が教えて下さっておる事だなぁ、御神意のことだなあと、ということを、私、自身が実感するんですけども。皆さんも、やっぱ、そういう積もりでですね、御理解頂きなさらにゃいかんと思いますね。
 はあ今日の御理解は、誰が聞きなさりゃ良かった。今日の御理解は、家の誰彼に聞かせたかったというようなものではなくてです、もうほんとに今日の御理解は、もう今晩貴方方に神様下さるために下さっておるんだと。云うなら、その侭が神の声なんだ、神の心なんだと頂かなければならん。それを、そういう頂き方をしていくところに私は、力が出来てくる、おかげが受けられると思うんですよね。
 だからそこのところほんとに、あの行じていかなければいけません。と、云うのは、何時もその裏付けの様に、ほんなら、私が伝えたことを裏書するようにですね、誰彼がそのお知らせを頂かれたりして居られる事ですね。今日も吉井の熊谷さんが、今朝方から、そのお夢を頂いて居られます。お夢の中にですね、その自分の家がもうどの部屋もどの部屋も、明々と大きな電気が付いて居る訳ですねえ。
 そしたところが、その何か役人の様な人がやってきてですね。あんたんところでは、その明りが大き過ぎると云う訳なんですね。だからこれみんな没収して行く。何かえらい剣幕でその言われるから、その息子さんが紀夫さんと言うのがね、その紀夫さんにその加勢を求めて、紀夫さん紀夫さんとその言うけどその紀夫さんが居られない。ところがその、役人の様な人にですね、腕にすがってどうぞ、こん明りを持ってだけは行かんで下さいと言いよる所を頂いたんです。
 まぁこれを先に理解づけると、どういう事になるかと言うとですね。そしてその後にえらいすがって頼んでですね、どうぞあの頼む様にしてから、持って行かんで下さいと、したら何かもうしようなかたいというごたる風で帰られたち言う訳なんですね。でその後にほんにすがらんでん良かったたい、持って行かっしゃるなら持って行かっしゃったってよかたい。また後から電気は電気料さえ払やよかっちゃもんじゃきと。
 どうしてあげんあの人に、あげん下からそのどうぞ、持って行かんで下さいとすがったじゃろうかと思うたと言う様な意味なんです。だから私はそれに理解づけるように、私はこういう事を皆さんに聞いて貰った。あのそういう御理解を頂いた後でしたけれども。熊谷さんが、先にお届けされましたから、またその、今朝の御理解を裏付けする様な意味合いで、私は話したんですね。それは今朝の御理解ではございません。
 大阪に、阿倍野と言う教会がございます。女の先生ですけれども、もう実力日本一と言われております、現在では。朝の御祈念だけ、千人からのお参りがあるというのですから、大した事ですね。そこの周りの先生が、もう、十年もその上も昔の事でございましょう。これも、私は、その真実の事は分かりませんけど。そんな話を聞いた事があるんですけれど。しかし、なるほどそのくらいのことは、できなさる先生であろうと、私も思います。というのはですね。
 何かこの税金か何かの事でですね、その言うなら罰金か税金かといった様なことでその、まぁ阿倍野教会にやって見えたんですね。それから、あちらには、先生方が沢山おられますから、先生方がその、応接に、障子に出て、そしてもうそれこそ平身低頭、そのどうも済みませんでしたと、まぁそして、出来るならばその百万、何か百万くらいの金だったんですね。ですから、百万を、八十万か七十万に、負けて下さいといったような意味の事を話しておられたらしいんです。
 そしたら、そこの、親先生であるところの、その先生がですね、まぁもちろん、御神前に出て御祈念なさってから、その後にですね、応接に入って見えられてですね。今日は本当に御苦労さまでございましたと。あの、百万円でしたね、百万円と仰いましたねと言う訳なんです。どうぞ、と言うてから、百万円を持ってこられたという事です。もうそれこそ、あっけにとられた様なお話だったんです。
 例えば、税務署なら税務署が、もちっと負けたっちゃよかと思いよったかも知れん。また、こちらでは、負けて貰おうという様なために、平身低頭しよった。けれども、そんなこっじゃ無い。そこにですたい、例えばもう、本当に、相手の力を持ってから、見事に投げた様な感じがするでしょうが。今朝の御理解はそうじゃった。例えば、熊谷さんが頂いておられるのもです。
 どうぞ持って行かんで下さいと言わずにです、どうぞ持って行って下さいと言うて良い事をですね。そこにあの、すがって、どうぞ持って行かんで下さいと言うとと、良く似たような事でございましょうが。ところが、私共は、その場になってくると、それが、確かに、自分自身のですね。掘り下げというか、何かその、お粗末御無礼の自覚といった様なものがないと出来ませんですね。これは、私共でも、そう感じます。
 もう、ここに百万円でですよ、もし。百万円で、私のお粗末御無礼が許されるなら、もう安い事なんです、実を言うたら。百万円がないところに、取られこむなら困りますよね。けども、あちらから、問題にないぐらいにお金はあるとですから。それでもやはり、十何年前の百万円といや、大金ですけれども。もう、そういう事がですね、本当に、ご苦労さまでしたと言うて持ってこられた。もう、それこそ、取りに来た者も、それに居並ぶ先生方も、まぁあっけにとられるほどの事だったという事でございますね。
 さすがに阿倍野の先生は偉いと言うてその、まぁ評判したという話を聞いた事がございますけれどもです。そういう時に、そういう風にですね、もう出すものに、お辞儀を着けなくてはと言うのじゃなくて、恐らくは、これで巡りのお取り払いが頂けるなら、これによって、阿倍野の教会に、もっともっと、沢山の人が助かる元が出来るならば安い事だと言うような、もう実に、淡々としたものが感じられるですね。
 今日の御理解は、そういう御理解だったんですよと。また、熊谷さんが頂いておられるのも、それを具体的に頂かれたんですよ。いうなら、相手の力をもって、その反対に投げられるような事やらをです。いわば、投げるどころか、すがってから、何か、引きずられて行きよるような感じですね。夢の中に、まぁいうなら、まぁ失敗したといった様な感じが、夢の中に、試されておられると言う様な、感じが致しますち言うて、伝えさせて頂いたことでした。
 そしたら、その次にはあの、日田の堤さんところの清さんが、先生、私も、今朝からお夢を頂きました。それには、大きなその、大蛇の様な蛇だそうですもんね。それがまたその、身と皮とが別々になっとる。そしてその、清さんの前に、こう口を開けてやってくる訳です。もう自分なもう、身がすくんでから、動きが取れなかったち言うです。よくよく、それを見るとその、その蛇がですね、もう目が悪かったち言うようなその、面白いお夢じゃったち言うんですよね。
 ほう、蛇の目の悪かってんなんてんち、初めて聞いたが、お夢ですよね。けれども、神様の表現ちは素晴らしいと、私は思うんですよ。例えばですね、こう人間関係の場合でもですね。もう、理不尽なことを言いよったというて、最近は、あそこに、そんな問題があるんですよ。清さんが、向こうの方から、子供さんが、あっちの車に飛び込んできた訳ですね。そしてまぁおかげ頂いてから、怪我もしとらんけれども、やはり、倒れたらしいですから、お母さんが、自分の不注意であったということを詫びられて、そして、何となし帰って来よったんですよ。
 ところがそこのお父さんがです、病院に連れて行って、どこが悪かここが悪かと言うて、まるきりひき逃げしたように、警察から、わざわざ呼びに来たんですあそこに。その問題がこんがらがって、こんがらがってですね。その向こうは警察問題にする、そんならこっちも警察問題にするといった様な問題になってるんです。こっちはどげな言い分じゃなかかと言うと、あんたが警察問題にするから、私も、それを告訴する。そして、この何ち言うですか、飛び込むとがあろうが、あれは何ち言うの。
 当たり屋、あんたが、そんなことするなら、私は、当たり屋で告訴するち言うてから、堤さんが言うて来なさったち言う訳なんです。けども、どっちにした所でです。そういう生き方ではなくてです。もう向こうが言いよるとも、そしてあーた、十日も二十日も、二十日以上だったでしょう。この前の前の十三日会から、次の十三日会までかかったですけん、病院が。それがもう、どーんなかっだそうですもん。
 それでその、病院でとられにゃならん、まぁだ他に、その慰藉料を取らんならんち言うて、その、今度は向こうが言いだした訳です。だから、こっちがこっちなら、こっちもこっちといった様な感じも致しますけれどもね。だからもう平身低頭です。こらまぁ余談ですけれども、今日、久保山先生ところの奥さんの話を聞いたんですけれど。あの横町のこんにゃく屋さんが、そのパン屋さんの車にですね。郷原さんと言うパン屋さんの車に、ぶっつけたんです、単車で。
 それでその、手を押し折ってから、怪我してござるち言う訳ですね。そらもちろん、そん単車の方が悪いとです。けれどもその、郷原さんと言うパン屋さんがです、お酒の二升も持ってから、見舞いに行かっしゃったという話をですね。それでもう、大変その、こんにゃく屋さんが、あの気の毒がって、私は先生、その話を聞かせて頂きよって、信心がなかったっちゃ、ほんにあげな人もある。
 かえって、こっちが迷惑してあるですね。つっかかられた方が。それでもやっぱり、酒二升持ってその、見舞いに行かっしゃったというような、そういう様なものがですね、信心があるなら、なおさらなからにゃならんでしょうが。それに、やっぱり、何も、お菓子箱いっちょ、持って行かんな帰ってきてあるもんじゃから、向こうはひき逃げといった様な風で、警察から調べに来る。
 こんがらがった上にもこんがらがっておる様な問題が、現在、堤さんの上に横たわっておる訳なんですよ。ですから、これを、まちっとその、垢抜けして頂く方がですね、私は出来とったらとこう思うんです。それが、いわゆる、もう理不尽な事ばっかり言うて来るんですね、先方から。言うならば、その巡りがですね、もう、その
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